野々村竜太郎県議の過去が流出!6人家族の長男の中学時代のあだ名は発作マン・高校を実は1年留年!

   

・小さい時は大阪の古びた市営団地に住んでいた。
 両親と子ども4人の6人家族でののちゃんは長男。

・父親は阪急電鉄の事務員。母親は仕事をしていない。日本舞踊をしていて、
 ののちゃんは鍵を持たせてもらえずよくドアの前で母親を待っていた。
 夜デパートで割引された惣菜を買って帰り「割引はええで」と言っていた。

・「うちの子はお坊ちゃんみたいに育てる」と言い、出かける時は革靴を履かせる。
 学校のクリスマス会も、みんなラフな格好だけどののちゃんはスーツに七三分け。

・母親は今でいうモンスターペアレントで、学校に乗り込んではキレてわめいてすごかった。

・中学時代、自分の言う事を曲げようとせず、言い分が通らないとダダを捏ねてキレていた。
 あだ名は「発作マン」

・勉強はよく出来、いつも参考書を広げて勉強していて、修学旅行にも一式持って来ていた。

・北野高校に合格するも、留年して1年生を2回やっている。
 留年の理由には諸説あるが、体育が極端に苦手で単位が取れなかったという説も。

・コーラス部に所属していて、女の子にもなりふりかまわずアプローチ。
 ストーカーみたいにつきまとわれて部をやめてしまった女の子もいた。

・1年生の時に先輩の家に遊びに行って「お酒を飲んでみよう」となったが、
 しばらくすると突然「氷が怖い」と泣き崩れた。前後の脈絡なし。

・関西大学でも合唱サークルに所属。

・川西市役所に勤務(92~07年)してからはトラブルメーカーに。
 いきなり同僚を怒鳴る、訳のわからないことを喚き散らす、泣く、人間関係をグチャグチャにする。
 中学校の事務員に飛ばされ、着任早々別の事務員に怒鳴り散らし、
 校長に「もう来んでええ」と叱責されると、本当に無断欠勤するように。

・市役所を辞めた頃から、自己啓発セミナーに通っていた。

・借金を作るほど選挙に資金をつぎ込んでいるようには見えない。
 宣伝カーも質素なもので、ポスターも人を雇わず自分で貼っていた。

・市長選挙時の討論会で、1つの質問への持ち時間を無視して延々喋り続ける。
 それも本題とは関係ない話で始まり、へんなところで興奮したりして、
 困った司会者に制止されるパターンが繰り返されていた。

週刊新潮 2014年7月17日号(2014/07/10発売)
http://www.shinchosha.co.jp/shukanshincho/newest/

号泣・野々村県議、中学時代から駄々&キレる性格 強烈マザコンで婚活不発…

「号泣県議」こと、兵庫県の野々村竜太郎県議(47)=無所属=へのバッシングが止まらない。政務活動費の不正使用問題の会見で見せた意味不明な逆ギレや被害者面で雲隠れする姿勢は、まさに駄々っ子のよう。兵庫県民ならずとも「こんな人がなぜ議員になれたのか」といぶかる声が続出している。ブログで「ののちゃん県議」と自称するなど幼稚な同氏を読み解くキーワードは「マザコン」と「婚活」にあるようだ。

(中略)

号泣逆ギレ会見で全国的に注目されることになったが、その前兆は普段の議員活動から現れていたという。野々村氏と同じ無所属で、兵庫県議の丸尾牧(まき)氏はこう語る。

「野々村氏は、議員控室で県職員から説明を受けているときも急に声を荒らげたり、相手を怒鳴りつけることがあった。電話をしていても最初は穏やかに話しているのに、ある時点からスイッチが入り大声で怒鳴り出す。周囲はキレるポイントがよく分からない。自身の感情をうまくコントロールできないようで、号泣会見の前には、緊張した様子で『落ち着いて、落ち着いて』と何度も独り言を言っていた」

今週発売の「週刊新潮」は、野々村氏の中学時代のあだなが「発作マン」だったと報道。当時から、自分の言い分が通らないと駄々をこねてキレる性格だったと、同級生が証言している。

そんな同氏に常に寄り添ってきたのが母親だった。

マザコンぶりはつとに有名で、落選した2008年の西宮市長選では母親と一緒に街頭演説に立ち、落選後の会見にも母親がついてきて、取材陣を驚かせた。11年4月、44歳で晴れて兵庫県議になったときには、当選証書の受け渡しに両親を連れてきたという。

「議会の傍聴席にも両親を呼んでいて、お母さんは5回ぐらいは見たことがある。議会が終わると、両親が控室にもやってくる。そんな議員はほかにいない。野々村氏は、お母さんに対して偉そうな口調で話すのが、意外だった」と丸尾氏。

http://news.livedoor.com/article/detail/9029587/ 

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