「後藤さん殺害」:涙の兄「悲しい、残念」「無念だろうな」池上さんら涙こらえ

   

あまりにも残酷な結末だった。インターネットに投稿された、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)が後藤健二さん(47)を殺害したとする動画。解放を願う家族、仲間、そして世界からの声はテロリスト集団には届かなかったのか。紛争に巻き込まれ、貧困と向き合う子供たちの姿を日本に伝え、多くの人の心に足跡を残した後藤さん。「無事に帰って」との望みをあざ笑うかのような行為に、衝撃と深い悲しみが広がった。

「最後まで、帰ってくると信じていたんですが……。悲しい、残念、ただそれだけです」。東京都内で毎日新聞の取材に応じた後藤健二さんの兄、純一さん(55)は言葉を絞り出すと眼鏡を外し、ハンカチを目元にあてた。

 新たな映像が流れたと伝え聞いたのは、1日午前5時20分ごろ。父親と妹にメールを送り、テレビをつけた。映像にISのロゴが入っているとニュースで知り、「間違いないと思った」という。

 昨年11月、知人から行方不明になったと聞いて以来、スマートフォンに届くニュース速報をずっと気にしてきた。今年1月20日、仕事場で速報を見て、ISに拘束されたことを知った。「そうであってほしくないと思っていた。でも、やっぱりそうだったか」。ショックを受けた。

 父親や妹とメールや電話で「きっと大丈夫だよ」と励まし合い、仕事で気を紛らせてきた。ISが、ヨルダンに収監されている死刑囚と健二さんの「交換」の期限とした時が近づくと、緊迫はピークに達した。その頃、純一さんは「メディアの情報しかないんです」と、もどかしさをにじませた。その後、事態の「膠着(こうちゃく)」が報じられた。「良い方に転んでくれればいいという望みを持つと同時に、覚悟もしていた」と振り返る。

 2年前、息子が中学校でもらってきた夏休みの推薦図書のリストに、健二さんの「ダイヤモンドより平和がほしい」(2005年、汐文社刊)があった。ダイヤモンドの利権を巡り内戦が続いた西アフリカ・シエラレオネで、反政府軍に両親を殺され、無理やり兵士にさせられて多くの人を殺した少年が、心の傷を抱えながらも生まれ変わろうとする姿を描いた本だ。テレビでも活躍を目にしてきた息子にとって、健二さんはあこがれの存在だった。「僕もあんな仕事をしてみたい」と話す息子に、純一さんは「危険地帯に行く。なかなかできる仕事じゃない」と言い聞かせてきた。

 健二さんは、子供など弱い立場の視線で取材を続けてきた。「やってきたことは間違いでない。誇りに思っています」。3年ほど前、いつものようにふらっと仕事場に来て、「元気か」などと話したのが顔を合わせた最後になった。

 なぜ行ったのか。昨年4月、ISと対立する反体制派武装組織「自由シリア軍」に拘束されていた湯川遥菜さん(42)を助けた。今回も救出できるという、何らかの確証があったのではないか。もしかすると、現地でだまされたのかもしれない。純一さんはその問いを反すうしている。

 ひょっこり砂漠から出てくるんじゃないか、という思いも消えない。「つらかっただろう。よく生きて帰ってきたな。こんなにたくさん応援してくれる人がいるのは、幸せなことだ。精いっぱい感謝して生きろ」。伝えたかった言葉を、声を震わせながらつないだ。純一さんの目に涙がにじんだ。

毎日新聞

「後藤さん殺害」:「無念だろうな」池上さんら涙こらえ

イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)とみられるグループが日本時間2月1日朝、拘束していた仙台市出身のフリージャーナリスト、後藤健二さん(47)を殺害したとする新たな映像をインターネット上で公開した。「言葉が出ないですね……」。後藤さんと親交があるジャーナリストの池上彰さん(64)は1日午前、電話取材にそう言ったきり、しばらく黙り込んだ。「深い悲しみと怒り。あと、無力感ですね。後藤さん、無念だろうな」。働き盛りで幼い子の父である後藤さんを思い、涙をこらえるように語った。

 池上さんが「お父さん」役を務めたNHKの「週刊こどもニュース」のため、後藤さんはイラク戦争で苦しむ現地の子供たちをリポートした。以来10年以上の付き合いになる。2013年にはヨルダンのシリア難民キャンプを一緒に取材した。「彼は弱い者の味方であろうとしていた。誰かが伝えなければ、という使命感から(シリアに)行ったのだと思う。それだけに悔しいだろうな」と話した。
池上彰さん=2012年撮影 © 毎日新聞 池上彰さん=2012年撮影

 04年にイラクで取材中に武装集団に拘束された経験があるフリージャーナリストの安田純平さん(40)は「状況が自分とあまりにも違うので、後藤さんの拘束されていた時の心情は簡単には察せない」としながらも、「ジャーナリストとしてまだ伝えたいことがあったはず。生きて帰ってきたら、体験を必ず伝えてくれただろう。とても残念」と話した。

 国際支援団体職員で、イラクなどで勤務経験がある中井裕真さん(49)は「亡くなったなんて信じたくない」と肩を落とした。約10年前から紛争地の情報を交換するなど、仕事を通して親交があった。「いつもの笑顔でまた会いたいと願っていたのに」と無念さをにじませた。

 1996年にヨルダンのアンマンで取材を共にしたフォトジャーナリストの豊田直巳さん(58)は、取材中の後藤さんの姿が忘れられない。「警戒を解きほぐすような笑顔で、子供のような敏感な相手に接していた」。解放された場合に備え、現地に医師や弁護士を派遣する準備を進めていたが、かなわなかった。「イスラム国と日本政府、両者に裏切られた思い」。中東訪問中にIS対策として2億ドルの支援を表明した安倍晋三首相の事件への対応について「本当に交渉しようとしていたのか」と疑問を呈した。

 ISの事情に詳しいフリージャーナリストの常岡浩介さん(45)は「何とか救えなかったのか、頭の中でグルグル回っている状態」と話した。「水面下でどんな交渉をしているのか分からない中、いい見通しがあるのではと期待して見守るしかなかったが、結果として交渉は不適切だった気がする」

 後藤さんの講演会を主催するなどしていた仙台市の国際支援団体職員、五十嵐栄子さん(61)はコメントを発表し、「テレビで最悪の結果になったことを知った。大変混乱しており、気持ちの整理がつかない。きっと無事に解放されるものと信じきっていた」と心境を明かした。後藤さんの人柄を「優しく、いつも明るくすてきな笑顔で接してくれた」と振り返り、「あの元気な後藤さんにもう会えないと思うと、とても悲しいです」と胸の内を吐露した。

 障害児の支援を通して約3年前から交流があった弁護士の杉浦ひとみさんは、「死亡はうそであってほしいと祈っているが、本当なら大変残念だ。後藤さんは、子供は絶対守られるべきだとして行動してきた。生命を懸けたのは、テロや憎しみを拡大させず、戦火の子供が普通に暮らせる状況を作ることだった。政府は今後、テロや巻き添えを増やさない対応へ知恵を絞るべきだ」と話した。

毎日新聞

【イスラム国、後藤さん殺害映像】後藤健二さんの母親が会見 「無念の死を前に言葉も見つからない」

フリージャーナリスト、後藤健二さん(47)の母、石堂順子さん(78)は1日、午前9時40分から東京都内の自宅で会見し「あまりにも無念の死を前に言葉がみつかりません。今はただ悲しみに涙するだけです」と語った。

 黒っぽい服装で報道陣の前に姿を見せた石堂さんは、憔悴しきった表情を浮かべながらも、深々とお辞儀をして会見に臨んだ。冒頭、「健二のためにこのようにたくさんの皆様方にご足労、ご心配をおかけしたことをお詫び申し上げます」と謝罪。事前に用意したコメントを読み上げる形で「残念ではございますが、健二は旅立ってしまいました」と話すと声を震わせた。

 石堂さんは紛争地のなかでも子供や弱者に焦点を当て続けた健二さんについて「『戦争のない社会を作りたい』『戦争と貧困から子供たちを救いたい』と言っていた」と説明。「健二の遺志を私たちが引き継いでいくことを切に願います」と語った。

 会見に同席した夫の行夫さん(78)によると、順子さんは1日午前5時すぎにテレビの報道で健二さんが殺害された可能性があることを知ったという。行夫さんは直後の様子について「必死に耐えていた。冷静に振る舞っていたが、相当参っているようだ」と話した。

産経新聞

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