極楽とんぼ 山本圭壱の現在、9年の沈黙破り不祥事などを語る

   

06年7月に起きた不祥事から9年。極楽とんぼ山本圭壱(47)が沈黙を破った。今年1月、8年半ぶりに芸能活動を再開したが、これまで騒動後の自分について語ることはなかった。このほど日刊スポーツの単独インタビューに応じ、現在の心境や相方の加藤浩次(46)への思いなどを120分間にわたって激白した。

 仕事復帰から半年。秘めた思いを語り始めた山本の表情は、穏やかだった。

 「のんきなんですかね。焦りはなかったです。何もしていないのに、年に1、2回、週刊誌やネットで取り上げられて、情報を流してもらって『逆にすいません』『ありがとうございます』みたいな感じでした」

 単独ライブの舞台には立ったが、正式なテレビ出演は実現していない。先月25、26日のフジテレビ系生放送「27時間テレビ」にサプライズ出演するかも知れないという情報が飛び交ったが、依頼は届いていなかった。しかし生放送中、ロンドンブーツ1号2号の田村淳(41)が「型にはまっていない、あの人が今の時代に必要」「覚悟があるなら、あの人と中継でつなげる」と意味深な発言をした。

 「淳があのように振っていたから、ひょっとして、と思って、ひげをそりました。『本当に来るんじゃないか』と一瞬思う自分もいた。0・1%でもあるならと思って、いいTシャツに着替えたのは確かです」

 実際にカメラが映し出したのは淳の相方、田村亮(43)だった。

 「そりゃそうだよなと思いました(笑い)」

 9年前の不祥事は、萩本欽一(74)率いる社会人野球チーム「茨城ゴールデンゴールズ」の遠征中に起きた。示談が成立しており、今は詳細について話せない立場にある。

 不祥事発覚直後から今まで、公の場で謝罪はしていない。その理由も明かしてこなかった。実は騒動直後「謝るべきところはたくさんあるので、明日にでも謝りにもいきたい」と周囲に伝えていた。しかしその機会はないまま、吉本興業を解雇された。

 「包み隠さず(騒動の)この部分だけを言うならば」と前置きし、「謝罪なき休業」の真相を明かした。

 「解雇と言われたのですが、その時『解雇は復帰に向けた第1歩と思っていい』と言われました」

 謝罪するタイミングではないという意見も届いた。思案の結果、謝罪しないまま、芸能界から離れた。

 世間から見れば煮え切らない態度に映った山本を、相方の加藤は見捨てなかった。2年前のフジテレビ系「27時間テレビ」で、理解を求める言葉を発した。「あいつは7年頑張ってんだよ! 全国の皆さん、あいつを許してやってください」。発言はネット上で反響を呼んだ。「あの時は(宮崎の)肉巻きおにぎりの売り場にいたので見てませんでした」。

 休業中も今も、2人きりではないが、加藤と会う機会はある。「(ライブや舞台を)やるんだったら、行ってもいいよ」と“仕事”の話もする。

 「(加藤には)多大な迷惑をかけたので、言える立場ではありませんが、ずっとキープ(目にかけて)してもらっている。『加藤浩次』のブランドも守り続けている。本当にありがたいことです」

 芸人仲間やファンの間でコンビ復活を望む声もある。

 「2人だけで決めても周りの環境がありますから。口で言うのは簡単かもしれないけど、本当にできる環境なのかどうか、ということではないですか。(加藤については)会社がどういう判断を下すかということが、一番の焦点だと思う。できる環境なら、やりますよ」

 テレビ番組については、共演話はおろか、単独の出演依頼も届いていない。厳しい状況に変わりはない。それでも2人は今も、コンビ名「極楽とんぼ」を名乗って活動している。

 「(もしも)2人でやるなら『山本・加藤』でやるのもおかしいですから。僕は今もずっと、サインをする時は『極楽とんぼ山本圭壱』と書いてます」。【聞き手・上田悠太、小谷野俊哉】

 ◆山本圭壱(やまもと・けいいち)1968年(昭43)2月23日、広島県生まれ。89年8月に加藤浩次と吉本興業入り。お笑いコンビ「極楽とんぼ」を結成してボケを担当。90年代からフジテレビ系の「とぶくすり」「めちゃ×2イケてるッ!」「笑っていいとも!」などに出演。俳優としても02年日本テレビ系ドラマ「ナースマン」などに出演した。05年1月に社会人野球クラブチーム「茨城ゴールデンゴールズ」にトライアウトで入団。

<騒動後の9年間>

 ◆06年7月 不祥事発覚後、吉本興業から解雇された。

 ◆07年 知人を頼って宮崎県内の青果市場やサーフスクールで働く。

 ◆10年 宮崎県の肉巻きおにぎり専門店の広報担当として働いていることが判明。

 ◆13年1月 加藤浩次がラジオで「年内復帰を望む」と発言。

 ◆同8月 加藤がフジテレビ系「27時間テレビ」番組内で「あいつを許してやってください」と発言。

 ◆同9月 ロンドンブーツ1号2号の田村淳がネット番組で、山本が寺に身を寄せていることや、婚姻届の保証人をお願いしたことなどを明かした。

 ◆14年6月 淳がネット番組で「早く復帰して欲しい」と発言。

 ◆15年1月 東京・下北沢で8年半ぶりとなる単独ライブを開催。

 ◆同3月 広島県内で単独ライブ。

 ◆同4月 宮崎県内で単独ライブ。

 ◆同5月 復帰後初レギュラーとなる宮崎サンシャインFM「極楽とんぼ 山本圭壱のいよいよですよ。」(火曜午後7時)初回放送に出演。8年10カ月ぶりのラジオ出演。

 ◆同7月 加藤のコントライブ「イルネス製作所」を観覧中、芸人仲間に促されて壇上に。公の場では9年ぶりのツーショット。

8年半ぶりのライブの朝、騒動で大きな迷惑をかけた萩本欽一(74)に対面した。とんねるず石橋貴明(53)や明石家さんま(60)の言葉を支えに、復帰までの日々を過ごしたという。

 今年1月19日に東京・下北沢のライブで8年半ぶりに復帰した。その後、広島、宮崎でもライブを行い、現在は宮崎サンシャインFM「極楽とんぼ 山本圭壱のいよいよですよ。」(火曜午後7時)にレギュラー出演する。

 復帰後の反応を「想像していた通りですね。メディア先行でいろいろな復帰の話が出ました。だけど話題になったからと、簡単に出られるわけではないと身に染みていますね」。

 現在は東京と知人のいる宮崎を往復する生活。芸能界の仲間との交流はある。「(ロンドンブーツ1号2号の田村)淳とは、東京にいれば、週に1回ぐらいは飯を食いますよ」と淡々と語る。淳はことあるごとに、メディアの前で復帰を後押しするコメントを残している。「とても感謝しています」。

 単独ライブは、料金を観客が判断して決めた金額をザルに入れる「投げ銭」形式を採用した。下北沢のライブでは、約100席の募集に1万6000を超える申し込みがあった。会場周辺に100人以上の報道陣が集まり、開催を知った人が殺到した。「ビックリしました。多少は記者の方たちが来るのかと思ってましたけど、あんな感じになるとは全く想像していませんでした」。

 9年前の不祥事で、ある意味矢面に立ったのが、所属する社会人野球チーム・茨城ゴールデンゴールズ監督だった萩本だ。ライブ当日の午前8時前、萩本に呼ばれ、事務所を訪ねた。「山本、久しぶりだな。ライブやるんだってな。投げ銭にするなら、俺が1番に入れないといけないだろ。ザルは持ってきたか? これ、投げ銭だ」と祝儀を渡された。復帰した「芸人・山本圭壱」にとって、第1号の祝儀だった。

 一部で、萩本が芸能界復帰に反対しているとの報道もあったが、違った。年始などの節目に、見守り続けてくれる先輩にあいさつの電話をしている。その際、萩本にもライブの日程を伝えた。「以前にも萩本さんから『ライブとかやるとしたら、花とか出さないといけないから言ってくれ』と言われてたんです。僕も『動きがある時は萩本さんにご報告させていただきます』と話していた」。

 騒動後は肉巻きおにぎり店勤務、サーフィンインストラクターなどの仕事で生計を立てた。寺に身を寄せたこともあった。昨年秋、今後を考えた。「やはり自分は芸人としてやっていきたい。簡単に復帰できる話ではないけど、出来ることからやってみよう。ライブをやってみた上で、お客さんや世間の人たちが、自分を少しでも望んでくれるなら、何らかの復帰の道が見えてくるかもしれない」。ちょうどそのころ、都内で仲間たちと食事をしていると、ある先輩芸人から強く言われた。「山本、やったらええやん」の言葉で覚悟が決まった。「ありがとうございます。来年(15年)から動きます」と、復帰ライブの準備を始めた。

 やり切れない思いを抱いていた時に、たくさんの先輩や仲間から直接、間接的に支えられた。その1人が、石橋だ。「山ちゃん、神様は越えられない試練は与えない。流れに逆らうな。流れに身を任せていれば、いつか海に出られるから」という言葉通り流れは、復帰へとたどりついた。

 「(明石家)さんまさんが、いつも気にかけてくださっているという話も聞くので、本当にありがたいです。こういう立場で言うのも、あれですけど、恵まれていますよね」。

 現実は厳しい。テレビ出演の依頼はまだない。「お仕事をいただく側。『こんな話どうですか?』と言われたら、前向きにしか考えない。テレビに出るビジョン? それはテレビ関係の方が決めること。僕は断らないです」。

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